オーストラリアでワーキングホリデー。でも、色々わからないことだらけ…。
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私がワーキングホリデーに行く事を決めた理由は、「英語が喋れるようになりたい!!」と「海外で生活をしてみたい!!」というまったく単純な理由からでした。寒いところが苦手ということもあってオーストラリアを選び、心配する両親を説得し、いざケアンズへ。
私は英語が全くと言って良いほど出来なかったので、ワーキングホリデーで許可されている最長期間である12週間、学校に通いました。
学校の先生はとても陽気で、英語があまり聞き取れない私に何度もゆっくりと話してくれて、最初は何がなんだか全然聞き取れなかった私も徐々に単語が聞き取れるようになって来ました。今だから笑い話に出来ますが、”What's your name?"ですら聞き取れなかったほどでした。徐々にですが、聞き取りができるようになると、自分に自信がつき、英語で話すを機会も増えました。
色々な国から来ているクラスメイトと文化の違いや恋愛について、将来の夢などをお互いのつたない英語で語り合ったり、BBQをしたり、海に遊びに行ったり、自分の国の料理を振舞いあったり、忘れられない想い出がたくさんできました。
『教室での勉強と同様にクラスメイトと色んな話をする事が上達のコツだよ。』と先生が言っていたとおり、たくさんの友達との出会いが、私の英語力を上達させてくれたと思います。学校に通ったのは12週間だったけど、学校で知り合った友達とは、その後も一緒に旅をしたり、帰国後もメールで連絡を取り合っています。これからは友達と再会する為に、いろんな国を旅行しようと思います。ワーキングホリデーで出会った友達は日本にいては絶対に出会えなかった人達ばかりで、これからも大切にしていきたいと思います。この出会いをくれたワーキングホリデーに本当に感謝しています。これから行こうか悩んでいる人に絶対にお勧めします。
2004年渡豪 新城様 29歳
オーストラリアに1年住めるというワーキングホリデーを知ったのはバイト先にいた先輩からでした。先輩はオーストラリアをラウンドした事、英語での失敗談などを話してくれて、私も絶対に行くと心に決めました。ワーキングホリデーの一番の思い出はひとりでラウンドしたことです。先輩の影響もありましたが、ひとりで何かを成し遂げたいと思っていたからです。心細いと感じた事もあったけど、一人だからこそ身軽だったし、頼る人もいないからトラブルを一人で解決しなくちゃいけないし。そのおかげでいろんな人と話す事が出来たのだと思います。旅をしていると、たくさんの人に出会います。行く方向が一緒の人がいればそこまで一緒に楽しみ、別れたあとには、新しい場所で新しい出会いがあります。
宿泊先のバックパッカーや、バスを待っているターミナルや、たまたま参加したツアー等、たくさんの出会いがありました。言葉が理解できなくても心で通じ合えたと思います。日本語と英語で喧嘩したことも…
自分なんてちっぽけだなと思えたエアーズロック、偶然会ったスイス人と一緒に見た本当に手が届きそうな星空。本当にグレートだったグレートオーシャンロード。オーストラリアでの1年間は本当にあっという間でした。いろんなことを経験したし、困ったこともあったけど、そのおかげで日本を出てきた時とは違う自分になれたと思います。1年間たくさんの人と出会い、いろんな思いをしたことは、写真でみる思い出よりもずっと心に残る私の宝物です。
2004年渡豪 児玉様 24歳
生まれて始めての海外旅行がオーストラリアのワーホリでした。
治安や英語に不安な面があったのと現地の人の生活を体験してみたくてホームステイを選びました。私のホームステイ先は陽気なオージーのお父さんと料理上手な専業主婦のお母さん。そして7歳と4歳の子供がいる家でした。休みの日には海や、バーベキューや、ショッピングなどいろいろなところに連れて行ってくれて、ホームパーティーも頻繁に開かれたので、いろいろな人と話すチャンスに恵まれした。子供達と一緒に遊んだり、マザーに料理を教わったり、本当に家族の一員のように受け入れてくれて充実したホームステイを送る事ができたと思います。
特に不安だった英語も子供達のおかげで上達したような気がします。子供達はマザーのようにゆっくり話してはくれず、容赦なく喋りかけてくるので必死で聞き取っているうちに、リスニング力がついた気がします。ホームステイが終わる時、子供達が「また遊びに来てね」と泣きながら言ってくれて、私も泣いてしまいました。私達からコミュニケーションをたくさんとろうとすれば、ホストファミリーも私の事を理解してくれるし、快適なホームステイを送れると思います。下手でも通じなくてもとりあえず話しかける。あと日本食が作れるといいと思います。わたしはお好み焼きを作って喜んでもらえました。
オーストラリアの文化を経験できて、日本の文化も知ってもらえるホームステイは選んで正解だと思うし、一番の思い出になりました。
2004年渡豪 雨貝様 26歳
私がワーキングホリデーで渡豪する事を決めたのは、何と言っても世界遺産のグレートバリアリーフで、ダイビングのインストラクターの仕事をしたい!!という思いからでした。
しかし日本を発つ直前に、今まで希望と夢で満ち溢れていた私の心が、突如「本当に、ダイビングの仕事は見つかるのかなぁ。」「一人でやってけるかなぁ…」という不安でいっぱいになってしまいました。けれども、友達や家族に「寂しくなったら帰ってくればいいんだから。」「自分の夢、追いかけておいでよ!」と励まされ、とうとう出発!!オーストラリアに着き、青い海、スコーンとぬける様な空を見た途端、不安はふっ飛び、ワクワク、ドキドキ! さっそく次の日から、掲示板でインストラクターの求人探し。意外とあるようで、ないインストラクターの求人…
1週間して、ようやく発見。
さっそく面接を受けに行き、遂に世界遺産の海で、インストラクターの仕事を!研修を終え、初めて自分でお客様を海へ案内した時は、緊張40%、嬉しさ60%、あの気持ちは一生忘れる事はないと思います。毎日毎日、お魚いっぱいの海へお客様を案内し、みんなが幸せそうな顔をしてくれるのが、とにかく嬉しくて、楽しくて。3ヶ月間が本当にあっという間でした。そして何よりも、1人で渡豪する事を1番心配していたお母さんが、「夢が叶ってよかったね。自慢の娘だね!」と言ってくれた事が、このワーキングホリデー大成功だったよ!と言い切れる1番の理由かもしれません。とにかく、この1年間は素敵な体験をいっぱいさせてもらえました。
2004年渡豪 菊田様 21歳
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